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塩田明彦流映画創作術
「月光の囁き」「どこまでもいこう」「ギプス」「害虫」
 
 
立教大学在学中に黒沢清・万田邦敏の両監督らと映画サークルに所属し、8m/m映画を制作。その後、黒沢清監督の助監督や脚本に参加。また、故大和屋竺氏に師事して脚本を学ぶ。98年映画「月光の囁き」で劇場公開デビュー。99年映画「どこまでもいこう」を発表。この2作品で同年の新人賞を総ナメにし、日本映画期待の作家となる。ラブシネマシリーズ第5弾「ギプス」に続いて撮った「害虫」は2001年第58回ヴェネツィア国際映画祭に出品され、さらにナント三大陸映画祭審査員特別賞と主演女優賞(宮崎あおい)を受賞、海外からも注目を集める監督の一人である。今回は映画の面白さとは何かについて、自作に触れながら語っていただきます。
 
 
 
 
· 感想
 
・イメージが動く、想像力を揺さぶられるといった感じの話し方がとても好きでした。(男・33歳・俳優)

・自分を突き放して物事を見ることが作品を生ませる原動力ということが興味深かった。超越的な気持ちで物を見ることが自分の原体験のどこから出発したのか?(女)

・自分の役に立ったというのはもちろん、よい刺激になりました。クリエイト精神を養って行こうと思いました。(男・21歳・学生)

・監督が日ごろ何を考えているか、ほんの一部ですが知れたような気がしました。話の論点、切口が非常に新鮮で興味深いものがありました。(女22歳)

・大変興味深いものでした。(女・32歳・映像制作)

・毎日色々な方向から、考えて生活することの楽しさ、クリエイターとして必要なことだと実感しました。(女・24歳)

・人間ウォッチングが鋭い人だなあと思いました。(男・23歳・フリーター)

 
 
 
· タイトル
第98弾 塩田明彦流映画創作術
 
· 講師
塩田 明彦(映画監督)
 
· 日付・時間
2002年07月11日
 
· 参加料
1,800
 
· プロフィール
1961年、京都府生まれ。立教大学在学中より黒沢清、万田邦敏らと共に自主映画を制作。82年『優しい娘』が「ぴあフィルムフェスティバル」に準入選、翌年『ファララ』が入選し、広く注目を集める。 大学卒業後、高橋洋らと共に同人誌「映画王」の中心メンバーとして映画評論を執筆しつつ、黒沢清作品を中心に助監督として参加。その後、企業用VP等を数多く演出する−方、監督/脚本家の故・大和屋竺のもとで脚本を学び、91年脚本家として独立。山口貴義監督『恋のたそがれ』(93)『ヤマトナデシコ』(96)などでは撮影・照明を担当する。96年、オリジナルビデオ『露出狂の女』を監督。『月光の囁き』(99)は、「ゆうばり国際冒険・ファンタスティック映画祭99」で審査員特別賞と南俊子賞(批評家賞)をダブル受賞。他の監督作品に「ギプス」「害虫」がある。共著に「ストリート・ムービー・キッズ―世紀末を疾走する映像作家10人」
受 賞 歴 PFF(入選,第7回)〔昭和59年〕「ファララ」;ゆうばり国際映画祭審査員特別賞・南俊子賞(第10回)〔平成11年〕「月光の囁き」;報知映画賞(新人賞,第24回)〔平成11年〕「月光の囁き」「どこまでもいこう」;日本映画監督協会新人賞(第40回,平11年度)〔平成12年〕「月光の囁き」「どこまでもいこう」;日本映画プロフェッショナル大賞第1位(第9回)〔平成12年〕「どこまでもいこう」;ナント三大陸映画祭審査員特別賞(第23回)〔平成13年〕「害虫」

 
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